突然重力が強くなり,謎の疫病が蔓延し,アメリカ合衆国は分裂してミシガン国王やらオクラホマ公爵やらが跋扈し,紛争すら起こっている.『スラップスティック』という題名の通り,本作では滅茶苦茶になった世界でのドタバタを描く一方で,人間の常にあるべき姿を人工的な拡大家族に求めた.血縁のない人々をひとつの集団に帰属させ,そこで小さな民主主義社会を作り,それらの集合体として社会全体を形成し,些事にも真剣に取り組めるような制度を整える.非常時であっても,ヴォネガットは人々に連帯と宥和の重要性を説き,あるべき理想像の実現を求め続けた.
疫病と分断,そして戦争.本作で描かれた世界の情勢は非常に過酷であると同時に,今日の現実の情勢にも酷似している.物語をそのまま現実に安易に敷衍することは憚られるが,本作でヴォネガットが説いた理想,そしてその根底にある優しさは忘れてはならないものである.
本稿は《SFマガジン》2022年12月号(2022.10)に掲載された書評の再録である.