ヴォネガットの第二長篇となる本作が発表されたのは一九五九年,ソ連による世界初の人工衛星スプートニクの打ち上げから二年後である.米ソ両国の間で激化する熾烈な宇宙開発競争を背景に,有人宇宙飛行の成功を夢見て有限の資源を大量に消費する人々.その原動力が自由意志の下の好奇心などではなく,実は何かに招かれてのものだったら…….ヴォネガットの長篇の中でも特にSF色の強い本作の素地には,こんな連想があったかもしれない.
とにかく読みづらい,というのが本作を読んでまず抱く感想だろう.時間も空間もあっちこっちに飛び回り,何が起こっているのかまったくわからない.本作を読むためのコツは,よくわからなくてもとりあえずそんなものだという感じで読み進めてみること.加えて,物語の出来事は既に終わっている出来事であるということと,作者が何を伝えようとしているのかを考えつつ読むことを時折思い出していただければ,助けになるのではないかと思う.
頻繁に視点が飛び移る物語のいたるところで,皮肉と奇想に満ち溢れた馬鹿な出来事やアイデアが次々と登場し,やがて最も大きくくだらない馬鹿話へと繋がっていく.そんな騒がしい筋書きの中で見え隠れする本作の主題は,決定論と自由意志である.
時間等曲率漏斗の中に取り込まれ全時間に渡って存在する男ラムファードと,ラムファードの予言に拘束され振り回されるコンスタントの二人を軸に物語は描かれる.ラムファードによって予め与えられた運命に対して,コンスタントは必死に抗うものの結局はその予言の通りにしか事態は進まない.結局決定論の下では自由意志は存在しえず,幸福になれないのだろうか.この問いに対しては,こうした運命の果てにコンスタントが語る“人生の意味”と,水星の生物ハーモニウムが自動的に交わす交信内容が答えになっている.
荒唐無稽に時空を飛び回り,決定論と自由意志について思索を巡らせた本作は,最後は緩やかに着地して余韻とともにその物語を閉じる.途中の超展開からは予想もつかないラストシーンのギャップもこの作品の魅力のひとつだ.終盤に向けて急速に面白さが高まっていくので,途中で断念してしまった方にも,なんとか読み繋いでいっていただきたい.最後に待つのは,壮大で,くだらなくて,あたたかいラストだ.
本稿は《SFマガジン》2022年12月号(2022.10)に掲載された書評の再録である.