なぜシュレーディンガーの猫はどこにでもいるようになったか?:ル・グインの知られざる貢献


導入

シュレーディンガーの猫は,いまやSFのみならず,社会一般における量子力学のアイコンとなっている.しかし,シュレーディンガーの猫がどのようにしてこの地位を占めるようになったのかについては,少なくとも日本語の文献では確認ができなかった.

一方で,英語の文献では,イギリス物理学会の公式ウェブマガジンにル・グインの短編小説が嚆矢とみられるとする記事[1]がある.この文章を適宜要約するとともに,物理学的な背景を紹介し,シュレーディンガーの猫という概念がどのようにして生まれ,どのようにして広まったのかについて説明を試みる.量子力学の発展史については[2, 3]に,EPR論文については[4, 8]に拠った.

なお,私の学術的背景は素粒子物理学であり,歴史学や哲学は専門外である.誤り等あれば教えていただきたい.


概要

1900年頃から発展した量子論は,1920年代半ばに数学的整備が急速になされたが,その物理学的解釈には哲学的な側面も含めて多くの問題があると考えられていた.

何が物理学的に決着をつけられるのかも不明瞭なまま物理学者たちは迷走していたが,アインシュタインらの有名なEPR論文をきっかけに,量子論の基礎に関する物理学的な議論が急速に進んでいくことになる.EPR論文には,当時の混乱を反映して様々な角度から議論が試みられ,シュレーディンガーの猫が登場する論文もその中のひとつであった.しかし,この猫論文は議論の勘所を大きく外していると思われたらしく,1935年の発表以降,物理学者にとってさえも忘れ去られていた.

この猫論文を復活させたのはファイヤアーベントである.続いてパトナムがシュレーディンガーの猫に注目し,不可解な量子論の象徴として論文で紹介した.長篇『所有せざる人々』の題材探しで物理学の勉強をしていたル・グインは,このパトナムの論文を通じて量子力学の不可解さを知った.この不可解さを率直に表現した短編が1974年発表の「シュレーディンガーの猫」である.

1930年代以降忘れられていたシュレーディンガーの猫は,同名の短編小説をきっかけに1970年代に突如として有名となり,SFだけでなく日常生活においても量子論のアイコンとなった.同作は終始意味不明な作品だが,ル・グインの勉強と混乱の痕跡が残されており,その点で興味深い.


シュレーディンガーの猫の前史:前期量子論からEPR論文まで

1859年にグスタフ・キルヒホッフ*1によって報告された黒体輻射*2は,様々な経験則を基にして,1900年にマックス・プランクによってプランク則として整理された.プランク則は非常に広い範囲の温度・波長で黒体輻射を説明したうえ,そこには古典力学では説明できないエネルギー量子仮説という革命的なアイデアが密かに含まれていた.

量子仮説にいち早く反応したのはアインシュタインであった.量子仮説に基づいて構築された1905年のアインシュタインの光量子仮説は,光電効果をうまく説明した.当初アインシュタインはエネルギー量子仮説と光量子仮説を結びつけることに慎重だったが,翌年アインシュタイン自身によって光量子仮説とエネルギー量子仮説が結びつけられたことで,その物理学的な解釈はさておき,興味深い仮説である量子論を用いて物理現象を説明しようとする運動が盛んになっていく.このような,プランクとアインシュタインの発見から始まる量子的理論を,前期量子論という.

量子論は古典的直観に反する帰結を多数もたらし,そもそも依拠する数学が不明であるといったこともあいまって,当時の物理学者たちは(現代から見ると)非常に混乱した議論を行っていた.1925年のハイゼンベルクの行列力学と1926年のシュレーディンガーの波動力学によって初めて数学的な形式化が成され,また行列力学と波動力学が等価であることが1926年にシュレーディンガーによって証明されたことで,量子力学が始まった.


シュレーディンガーの猫の誕生:EPR論文と猫論文

量子力学は数学的に形式化された理論であり,実際の量子的現象をよく説明し,数学的にも整合性のある理論だったが,その物理学的な検討や解釈が曖昧であった.量子論の創始者であるアインシュタインですら,量子論には懐疑的で,1926年末にボルンに宛てた手紙で,のちに「神は賽を振らない」として知られることになる有名な文言を吐露している.

続く1927年にブリュッセルで開催された第5回ソルヴェイ会議*3では,同年に発表され大きな話題となっていたハイゼンベルクの不確定性関係*4が議論の中心となった.ここで,アインシュタインは,(過度に形而上的なために悪名高い)ボーアの相補性原理について初めて知ることになる.かねてから量子論について懐疑的だったアインシュタインは,ボーアを中心とした勢力の主張*5に対して幾度か論戦を仕掛けることになる.しかしボーアは何度となく防衛に成功し,アインシュタインは量子論自体の不可解さではなく,量子論の完全性*6に議論の焦点を移行させていく.こうした流れの中で,1935年にポドルスキ,ローゼンとともに発表したのがのちに3者の頭文字をとってEPR論文と呼ばれる有名な論文[5]であった.

EPR論文は歴史上重要な文献であるが,そもそもアインシュタインの議論の前提に誤りが含まれていた*7ことに加え,当時の物理学者たちもそれぞれ独立に反論・補論を行っていたため,EPR論文を取り巻く議論は非常に混乱している.シュレーディンガーの猫が初めて提案されたシュレーディンガーによる1935年の論文(以下「猫論文」という.)もEPR論文に関する混乱した補足のひとつである.シュレーディンガーは,猫論文において,量子力学を認めた場合,シュレーディンガーの猫という“奇妙な”帰結が得られると主張した.EPR論文も“奇妙な”帰結についての論文であったが,アインシュタインが(本質的には)局所実在性に注目していたのに対して,シュレーディンガーはフォン・ノイマン鎖*8と呼ばれる別の概念に注目した論文であるように読める*9.猫論文も量子情報理論で中心的な概念であるエンタングルメントに初めて言及し,量子論の基礎の理解に貢献した重要な論文ではあったものの,猫の比喩そのものについては物理学者の間でも忘れ去られていた.科学史家ヘリガ・カーオは,シュレーディンガーの猫について,1930年代にはほとんど議論の題材にならなかったにも関わらず,1970年代に突如として有名になり,Tシャツなど日常生活にも進出したとしている[2].


シュレーディンガーの猫の復活

科学哲学者スティーヴン・フレンチによれば,この猫論文に言及し,復活させたのは科学哲学者ポール・ファイヤアーベントの1957年のエッセイ[14]であるらしい*10

続いて1960年ころ,哲学者ヒラリー・パトナムはシュレーディンガーの猫を初めて知った.パトナムはこの“奇妙な”比喩に関心を抱き,1965年の論文[15]で量子力学の哲学を展開した.パトナムは,人間の観測者が物体の存在・不存在を決定するという量子論の帰結を不合理であるとした.また,量子論における重ね合わせ状態についても否定的で,満足できるような量子力学の解釈は今日では存在しないと結論づけた*11

1974年,アーシュラ・K・ル・グインは長篇『所有せざる人々』を出版した.ル・グインの伝記作者,ジュリー・フィリップスによれば,ル・グインは同作中の“同時性理論”を補強するため,相対論を徹底的に勉強したという.おそらくこれに関連するル・グイン本人の1972年ころのメモが発見されている.そのメモはパトナムの論文に関するもので,シュレーディンガーの猫に関する記述が残されている.

ル・グインの短編小説「シュレーディンガーの猫」はその1972年に執筆され,1974年にアンソロジー"Universe 5"の収録作として出版された.


短篇「シュレーディンガーの猫」について

さて,ル・グインの短篇「シュレーディンガーの猫」は,短篇集『コンパス・ローズ』に収録されている.邦訳は1983年刊行のサンリオSF文庫版[6]と2013年刊行のちくま文庫版が存在するが,現在はどちらも入手困難となっている*12

そして身も蓋もない話だが,正直なところ,本作は駄作である.まずはあらすじから.

語り手は,物語冒頭で,事態が一種の山場に差し掛かっているらしいと直感する.慣用句が文字通りの意味で実現されるなど,意味不明な状況が展開されている.そんな中でも,猫はいつも通りわがままに過ごしている.自宅のドアがノックされたので出てみると,how, bowといった単音節しか発せなくなってしまった郵便配達員が家に入り込んできた.単音節しか発せないことから,どうやらこいつは犬に違いない.犬は猫を見るなり,その猫はシュレーディンガーの猫だと言った.犬は鞄から箱を取り出した.シュレーディンガーが思考実験に使った箱だ.犬は箱に猫を閉じ込め,思考実験を再現するのだという.犬が思考実験についての説明をするうちに,猫は自分から箱に入ってしまった.箱の蓋を開けると,猫はいなくなっていた.猫がどこに行ったのかを探そうとすると,不意に自宅の屋根が外され,異常に明るい星空の光が差し込んできた.ずっと鳴っていたあの音の正体も分かった.猫は自分たちの失くしたものを知っているだろうか?

こんな感じで,内容は極めて意味不明.シュレーディンガーの猫の説明や,それに付随する物理学的な記述は(ル・グインやパトナムの誤解を除けば)かなり正しい内容・用法であり,ル・グインが本腰を入れて勉強をした上に混乱している様子がよくわかる.訳文から読み取るのは難しいが,原文の言い回しはまさに量子力学の(当時としてもやや古めの)教科書から引き写してきたような文言ばかりで,ル・グインが当時の最先端の物理学の文献ではなく,やや古めの(しかも恐らく物理学ではなく人文系寄りの)文献で勉強したことが伺える.

同時期に執筆していた長篇『所有せざる人々』に頻出する物理学的な記述の中にも,哲学者が物理学や数学を誤解した結果生じてしまった意味不明な言説*13が多く見られるので,ル・グインの物理学に関する知識は哲学者の著作を介した間接的なものである可能性が高い.


参考文献

  1. Robert P. Crease, Ursula Le Guin: the pioneering author we should thank for popularizing Schrödinger’s cat, Physics World, 2024, https://physicsworld.com/a/ursula-le-guin-the-pioneering-author-we-should-thank-for-popularizing-schrodingers-cat/
  2. ヘリガ・カーオ, 『20世紀物理学史 上』, 名古屋大学出版会, 2015
  3. ヘリガ・カーオ, 『20世紀物理学史 下』, 名古屋大学出版会, 2015
  4. 『アインシュタインと21世紀の物理学』, 日本評論社, 2005
  5. A. Einstein, B. Podolsky, N. Rosen, Can quantum-mechanical description of physical reality be considered complete?, Physical review, 47, 777-780, 1935
  6. アーシュラ・K・ル・グイン, 『コンパス・ローズ』, サンリオSF文庫, サンリオ, 1983
  7. アーシュラ・K・ル・グイン, 『所有せざる人々』, ハヤカワ文庫SF, 早川書房, 1986
  8. 清水明, 『量子論の基礎』, 新版, サイエンス社, 2003
  9. 猪木慶治, 川合光, 『量子力学Ⅰ』, 講談社サイエンティフィク, 1994
  10. 猪木慶治, 川合光, 『量子力学Ⅱ』, 講談社サイエンティフィク, 1994
  11. 大森荘蔵, 『時間と自我』, 新装版, 青土社, 2023
  12. 田崎晴明, 大森荘蔵の時間論のごく一部, 2011, https://www.gakushuin.ac.jp/~881791/modphys/11/Ohmori.pdf
  13. Erwin Schrodinger, Die gegenwärtige Situation in der Quantenmechanik, Die Naturwissenschaften, 23, 807-812, 1935, https://doi.org/10.1007/BF01491891
  14. P. K. Feyerabend, On the quantum-theory of measurement, "Observation and interpretation in the philosophy of physics, with special reference to quantum mechancis", Dover, 1962
  15. Hillary Putnam, A philosopher looks at quantum mechanics, "Mathematics : matter and methods", 1979
  16. Steven French, A phenomenological approach to quantum mechanics, Oxford university press, 2023
  17. 森田紘平, 量子力学を解釈するとはどういうことだったのか, 日本物理学会誌, 76(8), 2021, https://doi.org/10.11316/butsuri.76.8_532

脚注

  1. 電気回路のキルヒホッフ則で有名なキルヒホッフと同一人物.
  2. 物質の種類に拠らず,物質の放つ光はその物質の温度にのみ依存するという現象.
  3. ソルヴェイ会議は,ベルギーの実業家エルネスト・ソルヴェイとドイツの物理学者・化学者ヴァルター・ネルンストが主催した,高名な科学者を招いた少数精鋭の国際会議である.20世紀初頭から現在に至るまで定期的に開催されている.ちなみにソルヴェイは炭酸ナトリウムの工業製法であるソルヴェイ法のソルヴェイ.
  4. 不確定性関係は一般向けの書籍ではほぼ間違いなく不確定性原理として言及されるが,これは提唱当初の混乱を引きずったままの誤った表記である.不確定性関係は量子力学の原理ではなく,量子力学の公理から自然に導かれる帰結である.
  5. ボーアと直接的に交流のある人物たちからなる物理学者の集団,ここではパウリ,ハイゼンベルク,ヨルダン,ローゼンフェルトらを指すが,彼らは確率解釈と相補性原理を強力に主張していた.これは世間では“コペンハーゲン解釈”と呼ばれることが多いが,人によって定義にばらつきがある.相補性原理は物理学的に意味不明な宗教的・形而上学的な妄念を多数含んでおり,確率解釈を支持しつつ相補性原理を積極的に無視したディラックや,確率解釈の統計的側面を認めたがらなかったアインシュタインなど,正統的解釈に近いもののコペンハーゲン学派とは同調しなかった物理学者も多く存在する.
  6. 完全性は物理学の定義語.ただし,この物理理論の完全性の概念を最初に主張したアインシュタインが完全な物理理論としての量子論を完成させることなく死亡したため,当時の正確な定義は不明である.現在では,完全な物理理論とは,局所実在論に従う理論であると合意されている.量子力学に頻出するヒルベルト空間の完全性とは全く異なる概念なので注意.
  7. これをアインシュタインの創造的誤り(クリエイティブ・エラー)という.詳細は[4]の清水明「EPRパラドックスからベルの方程式へ」を参照されたい.
  8. 量子的対象を,複数の観測者を仲介して観測する場合を考える.つまり,量子的対象を観測した観測者を観測した観測者を…というようにして観測する.このとき,量子的観測がいつ収束するのか,つまりどこまでが量子的観測でどこからが古典的観測なのが定かでない.このような,量子的な観測対象と量子的・古典的な観測者から成る連鎖的な関係をフォン・ノイマン鎖という.
  9. 現代では,このシュレーディンガーの猫についても,ハイゼンベルク切断を境にフォン・ノイマン鎖を量子的領域と古典的領域に断ち切ってよいということが知られている.
  10. フレンチはGoogle booksでN-gram検索を行ったということだが,シュレーディンガーの綴りには複数候補があり,精度が疑問が残る.残念ながら,フレンチが行った検索の手法と検索結果がわからないのでこれ以上は論じられないが,ここではこの結果を一旦信頼することとする.
  11. 量子論の基礎に関する議論がまだ未熟な時代であり,またパトナムは物理学の専門家ではないので仕方がない部分もあるのだが,パトナムは古典的直観を捨てきれていないために混乱しているように思われる.なお,現在では,量子力学の解釈は物理学的に無意味であると考えられており,哲学的にも不毛であるとの見方がされている[17].
  12. サンリオSF文庫版は国立国会図書館デジタルコレクションの個人送信対象資料なので,利用登録が済んでいれば次のアドレスから閲覧可能.https://dl.ndl.go.jp/pid/12624922
  13. 例えば,47-48頁のゼノンの逆理.ル・グインには関係しないのでやや不適切な例かもしれないが,このゼノンの逆理について意味不明な主張を繰り返していた哲学者として有名なのが大森荘蔵[11].大森荘蔵に対しては,物理学者である田崎晴明による批判[12]が存在している.“SFの女王”といえども,やはり学問的な背景は文化人類学を中心とした領域にあり,あらゆる分野に精通していたわけではないということが分かって面白い.

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