国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索を用いた「綺想」および「綺想小説」の語誌の概観 : 「奇想」の語誌補論


導入

以前,同人誌『カモガワGブックス』に「国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索を用いた「奇想」および「奇想小説」の語誌の概観」という論考を寄稿した.当該論考では,「奇想」という語は,鴎外や逍遥が日本に近代小説を輸入した際,小説と不可分なものとして用いられるようになったという可能性を示した.

しかしながら,その調査は「奇想」および「奇想小説」に対しての完全一致検索によるものであり,従来併用される「綺想」および「綺想小説」に対する検索が漏れていた.したがって,本論では,前回と同様に,国立国会図書館デジタルコレクション(以下,デジコレと表記する)の全文検索機能を用いて,「綺想」および「綺想小説」の語誌を概観し,前回の不足を補完する.

「綺想」の調査

デジコレで実際の用例を検索する.ここで,予備調査から,「綺想曲」と「綺想愚」は検索対象から外してよい.なぜなら,「綺想曲」は音楽についての用例であり,文学作品に対して用いられたものではなく,また「綺想愚」は種村季弘『アナクロニズム』(青土社, 1973, のち河出文庫, 1985)の広告文由来(~歴史の隅にかくされた綺想・愚想の系譜を辿って~)であるから.また,検索結果は2025年7月1日現在である.

上記の条件において,「綺想」でデジコレを検索した結果は図1の通り.

確認できる最古の「綺想」の使用例は,1884年(明治17年)刊行のジュールス・ベルン(ジュール・ヴェルヌ)『海底旅行』中編(四通社)巻末の『東都花柳春史』(服部撫松 戯演, 酒井柳塢 記, 四通社)の広告文であった.

「右は東都煙花の沿革現況を写して漏すなく殊に撫松居士の綺想を以て加削を施したる新著也(後略)」(新字・新仮名遣いに改めた)

これは当時のベストセラー『東京新繁昌記』で知られる服部誠一(撫松)の著作だが,当時の文化風俗を筆写するものであって,小説ではない.

小説に対する用例は,1907年刊行の『愛知県立医学専門学校同窓会雑誌』20号に初めて見られる.

「才俊の諸士我部の意ある所を多として,その富藻綺想を傾倒し,当代の文壇に一旗幟を樹立せんことを期せよ,光栄ある登竜門は今や諸士の眼前に啓かれあるなり」(同様)

これは同誌の文芸欄での土屋利一(東州)による編者コメントである.これに先立って,土屋は当時の文学をこう振り返る.

「紅葉露伴柳浪天外に謳歌せし当年の趨嚮は過去の夢に帰し,硯友社一派の写実系統もその旧巣に甘んぜず,或る深刻なるヒントを捉え,(後略)」(同様)

土屋は尾崎紅葉,幸田露伴,広津柳浪,小杉天外にあった新奇性は過去のものとなり,硯友社の写実傾向や自然主義が旧来の文学を打破するヒントを与えているとする.これと対比して用いられていることから,「綺想」という語は,新奇な発想という意味で用いられていたことが示唆される.また,後年用いられるような“分類不能な小説”に対してではなく,純文学に関する文脈で用いられていることも特徴的である.なお,土屋は同誌18号でも「綺想」を用いており,「綺想」という語を好んで用いていたことも示唆される.

土屋は河東碧梧桐門下で同窓の俳人,渡辺波空と学生時代から文学的な親交があった.土屋は卒業後は警視庁で警察医として勤めたのち,一時的な軍務を経て故郷の岐阜県で自身の医院を開業したこと,鍼灸に関する著書を刊行していること,医学系の新聞に熱心に寄稿していることは調べがついたが,文学活動を継続していたかは定かではない*1

70年代以降に使用例が増えるが,これは音楽での使用例が大半を占めており,「奇想」が主に小説に対して用いられていたことと対照的である.とはいえ,「綺想」の使用例は「奇想」に対して十分少ないので,「綺想」による「奇想」の語誌への寄与もまた十分少ないものとしてよい.「綺想」と「奇想」の出現回数は図2の通り.

ここで,「奇想」では「奇想天」「奇想奇」「奇想曲」をノイズとして排除している.

ここからは,「綺想」が「奇想」とはやや異なる意味を帯び,意図的に使い分けられていることが示唆されるが,そもそもの使用例が少ないこと,表記ゆれの可能性が否定しきれないこと,また小説に対する使用例と音楽に対する使用例との分別が困難であることから,本論ではこれ以上議論しない.「綺麗」に引っ張られてなのか,「綺想」には流麗,絢爛といった視覚的なイメージがつきやすい一方,「奇想」は発想自体の突飛さに結びつきやすいのかもしれない,という指摘に留める.

付記 : 「奇想」の追加調査とさらなる鉱脈の提案

今回,「綺想」の用例調査で検索結果から遡って当時の用例を指摘してしまったので,「奇想」についても同じことが試みられるべきである.

1927年刊行の柳田泉『随筆明治文学』(春秋社)によれば,1892年刊行の第1次第1期『早稲田文学』12号において,幸田露伴「五重塔」に対する書評として「奇想」が使われている.

「忽ち怪風吹き起って土石を捲き家を倒し木を根こそぎにし飛天夜叉のあれ出でたる光景何等の奇想就中夜叉が怒号の声天を撼かし地を震う紙裂けて電火発し墨滴って腥血淋漓たり」(同様)

この用例は『早稲田文学』における初出である*2

一方で,私による調査は基本的に初出誌の直接探索によっているため,国立国会図書館にその雑誌が所蔵されているかどうかに大きく左右される.この影響をなるべく小さくし,より網羅的な調査を行うためには,書評を集成した資料に対する全文検索で篩にかけ,抽出された用例の年代を確認すればよい.有力な書評集や書評の目録については,国立国会図書館が情報をある程度まとめているので,そちらを参照されたい.挙げられている資料の中にはデジタル化されているものも多くあるので,それらの全文検索結果を精査することで新たな発見が得られることだろう.私はかなりくたびれてしまったのでこれ以上の調査は行わない.

註釈

  1. 埼玉県入間郡越生町の僧侶で,同地を拠点に文学同人誌(『角麟』あるいは『獲麟』)を刊行していた土屋東州は同姓同号の別人.
  2. 逍遥・鴎外が西洋近代小説に見出し,西洋から日本に輸入してきた「奇想」が,のちに露伴「五重塔」で日本の伝統と自然の中に見出されるに至ったことは極めて興味深い.(無論,逍遥・鴎外と露伴の間に未発見の用例が多くあるだろう.しかしながら,そのような「奇想」に心惹かれるのも事実である)

参考文献

  1. 下村思游, 国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索を用いた「奇想」および「奇想小説」の語誌の概観, カモガワGブックス, (5), 42-49, 2024
  2. 種村季弘, 『アナクロニズム』, 河出文庫, 河出書房新社, 1985
  3. ジュールス・ベルン, 『海底旅行』, 中編, 四通社, 1884
  4. 服部撫松 戯演, 酒井柳塢 記, 『東都花柳春史』, 四通社, 1884
  5. 愛知県立医学専門学校同窓会雑誌(20), 1907
  6. 土屋東州, わが小説欄に迎ふ, 愛知県立医学専門学校同窓会雑誌(20), 86, 1907
  7. 土屋利一, 『鍼灸術マッサージ生理解剖書』, 権現堂, 1912
  8. 土屋利一, 大正医界に対する吾人の要求, 日本之醫界(84), 12, 1914
  9. 土屋利一, 鏗痴集を読みて, 日本之醫界(96), 2, 1914
  10. 官報(4888), 1899
  11. 尾崎紅葉, 『伽羅枕』, 岩波文庫, 岩波書店, 1955
  12. 柳田泉, 『随筆明治文学』, 春秋社, 1927
  13. [著者不明], 三位一体, 早稲田文学(第1次第1期)(12), 1892
  14. 幸田露伴, 『五重塔』, 岩波文庫, 岩波書店, 1994
  15. 国立国会図書館人文総合情報室, 書評を探す, リサーチ・ナビ, 2024-08-19更新, https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/humanities/post_539

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