ある日,おれは巨大な水分子を掘り当てた.研究のための鉱石採集の際に,ピッケルが硬いものに当たり,掘り出したものだった.おれの話を聞いたやつは当然はじめは信じなかったが,実物を見せるとみな納得した.掘り当てた巨大な透き通ったかたまりは,全体がおよそ四十センチくらいで真ん中に直径三十センチほどの大きな球があり,それに直径十センチほどの小さな球がふたつ斜めについていた.先入観を捨てて見れば,これはだれがどう見ても巨大な水分子だとしか言えないだろう.とはいえ,これが水分子だという確証はないので,確証を得るためにおれは研究室にこれを持ち込んだのだった.
突然学生に巨大な水分子なるものを解析しろと迫られた教授は,当惑していた.それも当然である.仮にも大学で地球科学という立派な理学を学んでいるものが,突然巨大な水分子という中学生でも嘘だと分かるような馬鹿らしいものを大真面目な口調で解析しろとせがむのだから,おおかた研究の進捗が悪くて気でも違えたのだろうがそんなことを狂人に聞いても仕方がない,といった顔だ.もちろんおれは気など違えてはいない.おれの所属する研究室の機械をおれが使ってなにが悪い,と件の水分子を機械にかけると,光の屈折率はたしかに水のものと一致した.
呆然とする教授や学生たちを尻目に,その勢いで非破壊検査をしようとしたのだが,これだけの大きさの試料を解析出来る機械はなかった.X線回折で結晶構造を調べようにも水分子を粉末にすることが出来ず,傷ひとつつけられなかった.なんとか別の手法はないかと考えて,比熱を調べてみることにした.色々と苦労はあったが,間接的に加熱することで比熱を求めることが出来た.比熱は水のものと一致した.
以上のことから,この水分子らしきものはたしかに水分子であり,どうやらこの水分子は史上最大の水分子らしいということが分かってきた.研究室の学生連中は「真の意味での単結晶だ」「しかし分子ひとつだけなら固体ではなく気体ではないのか」「常温常圧下なのだから液体だろう」「でもこいつは濡れていないぞ」などと口々に言いあった.史上最大の水分子が発見された,というニュースはどこからか伝わり,たちまちおれは有名人になった.
水分子はおれの下宿で保管していたのだが,話が広まるとすぐに物理学者だか化学者だかの集団がどかどかやってきて,英語だか仏語だか独語だかよく分からない言葉でさんざん拝みたおした末に泊りがけでぶっつづけの研究をし,外にはうわさを嗅ぎつけたマスコミの連中がわんさとやってきて毎日質問攻めにされちっとも安心していられない.世間ではおれが水分子を掘り出したあたりに人が殺到しているらしいが,おれの真似をして事故に遭おうがこっちの知ったことじゃない.鉱石マニアだかの集団もやってきて,毎日手を変え品を変え稀代の珍品とやらを我がものにしようと必死に交渉してくる.ユーフォニアムだかチューバだかとかいう楽器のような名前の連中がカメラを持って名前通り騒ぎまわり,ついにはアメリカだの中国だののエージェントが現れて玄関先でドンパチやりはじめるもんだから手に負えない.
一応純粋な興味や科学的好奇心のために手に入れようとしている人間はまだいいが,最近は訳の分からない宗教じみた言葉をぬかすやつが家の前に現れて,一日じゅう水分子を収めるおれの家ごとやつらの神殿のように振る舞いやがる.やつらの言うには「水にいい言葉をかければよりきれいになる」だとか「水素の音が聞こえる」だとか,まったく意味が分からない.
次第にことが大きくなってきて,おれの家を囲むように「水分子テーマパーク」なるものが出来た.なんでも水分子のように円を大小三つ重ねたデザインをシンボルに,「水分子ランド」と「水分子シー」などという豪華な遊園地が出来たというのだからたまらない.
もうやりきれない.おれは水分子をこっそり持ち出し,海に投げ捨てた.水分子はどぼんと大きな音を立てて海に消えた.すべては水泡に帰す.水に流しておしまい,というやつだ.これで安心だ.ざまあみろ.わははははは.