肌を焼きそうな日差しを避けて,庭先の日陰に机と椅子を出し,日向ではしゃいでいる子供をながめた.私は午後の時間をゆっくりと過ごしていた.
不意に涼しげな風がやってきて,それとともに,額に汗を光らせた子供がカブトムシを鷲掴みにして駆け寄ってきた.子供は汗ばんだ熱い手で私の手首をつかんだ.そして私の前に身を乗り出し,無邪気そうな笑顔でこう言った.
「カブトムシが動かなくなっちゃったから,電池をとり替えて!」
私は差し出されたカブトムシを受け取った.カブトムシは身を固くちぢこまらせていた.
「動かなくなっちゃったんじゃなくて,カブトムシは死んじゃったんだよ」
私は動かなくなったカブトムシを机に置き,子供のシャツを脱がせ,そのシャツで汗を拭ってやった.子供は体を拭かれながら,上目遣いで答えた.
「死んじゃった?」
「そう,ムシは生き物だから,いつかは死んじゃうんだよ」
私は汗を吸ったシャツを机に置き,子供に替えのシャツを着せた.
「もういちど直せない?」
「死んじゃったものは,治せないんだよ.生き返らせることは出来ない」
「そっか,じゃあおとうさん,それ,あげた!」
子供はぷいと振り返って,走り去っていった.
おかあさん,と叫んで私のもとから走り去っていく後ろ姿を見ながら,私はこの子にちゃんとした死生観を養ってやらなければ,と思った──この環境では仕方がないとはいえ.
子供がこちらを見ていないのを確認して,私は机の上のカブトムシを手に取ってじっくりと見た.カブトムシの死因は外傷ではないようだった.私はカブトムシをひっくり返し,腹のなかほどにあるわずかな段差を指でなぞり,蓋をとって電池をとり替えた.カブトムシを表に返して,羽の下の小さな穴にピンを差し込み,ぐっと押すとカブトムシはまた動きだした.机の上に置いたカブトムシは,ゆっくりと歩きはじめた.その先には,とり替えたばかりの乾電池と,汗に濡れたシャツがあった.
母親の周りをはしゃぎまわる子供と,机の上で静かに歩みをすすめるカブトムシとをながめつつ,私は首の後ろのわずかな段差を指でなぞった.