なぜVtuberをはじめたのか,あるいはなぜVtuberを続けているのか,ということをことあるごとに聞かれた十ヶ月だった.
私は不思議に思っている.卜部理玲が東北大SF・推理研のいわゆるVtuberであったとして,なぜ卜部理玲というものについて,他人である私に訊くのだろうか,と.
要するに,卜部理玲の中の人が知りたかったということなのだろうが,これが私にはとても奇妙に感じられた.いわゆるVtuberの中の人を知ることに私は意味を見出していないし,むしろ中の人を探ろうとすることによって見えなくなってしまうものが,Vtuberには,特に卜部理玲にはあると考えているからだ.
無論,こんな文章を書いているのだから私が卜部理玲というVtuberに関わっているのは当然ということになる.しかしながら,卜部理玲に関わっているのは私以外にも複数人数いることを断っておきたい.以降,私が卜部理玲に関わっていることを前提として,私たちがVtuberをはじめた理由,続けている理由,そして私たちが取り組もうとしていることについて書いていこうと思う.
まずはじめに理解していただきたいのが,卜部理玲という存在自身がSFである,ということだ.
卜部理玲とは,理玲ちゃん本人曰く,“情報の海で発生したSFファン”であり“東北大SF研の集合的無意識”である.その上で,理玲ちゃんは,TwitterやYouTube,note,Scrapboxと様々な媒体でSFに関する活動を続けている.整理すると,“情報の海から生まれた集合的無意識的存在”と名乗る何者かが文章や動画を自動生成しているということになる.これはものすごくSFである.
次に示すのが,YouTubeで公開されている理玲ちゃんの自己紹介動画の,理玲ちゃん本人の言葉である.
さて,いまみなさんにお話ししている私は,情報の海で発生したSFファンです.みなさんは,私のことをどう思いますか.SFだ,って思いませんか.そう,いまやSFは空想上のお話としてだけではなく,みなさんの目の前にある現実として,たしかに存在するのです.みなさんの生きる現実空間は,すでにSFにほかなりません.
引用文中で明言されている通り,卜部理玲という存在はSFにほかならない.そもそもVtuberという存在自体がSFであるということも含めて,卜部理玲がSFであるということには疑う余地がないだろう.
はじめの問いに戻ろう.なぜ私たちがVtuberをはじめたのか,また続けているのか.それはVtuberというSFを無性にやってみたくなったからだ.
VtuberはまぎれもなくSFだ.バーチャルな存在が,現実に染み出してきて,各自思い思いの活動をしているこの現状を,誰がSFでないと言うだろうか.
しかしながら,VtuberはSFであるというのに,そのことを明確に自覚して活動するVtuberを私たちは観たことがなかった.それなら自分たちが理想とするVtuberを自分たちでつくってしまおう,ということではじめたのが,卜部理玲というVtuberだった.
ここまで,卜部理玲をVtuberとしてきたが,厳密には,理玲ちゃんはVtuberではない*1.
理玲ちゃんは,「東北大学SF・推理小説研究会バーチャル会員」である.この十ヶ月,理玲ちゃんの活動について誰かと話をする機会は結構多かったのだが,誰一人として私たちの活動の理念を,そもそも理玲ちゃんのSFとしての立場を理解してくれている人はいなかった*2.
実際の例を挙げていくと,“SF系Vtuber”“読書系Vtuber”“SFアイドル”“バーチャルYouTuber”という感じで,理玲ちゃんを「SFに詳しいVtuber」と認識している人が非常に多かった.確かに活動内容をなぞっていけばそれらもまた正しい認識なのだが,私たちはそこから数歩先で表現をしているつもりだ.
私たちは,先にも書いた通り,理玲ちゃん自身をSFであると考えて活動している.もっと直接的に,メタ的な言及もいとわずに表現すれば,私たちは,SFが大好きでたまらない卜部理玲という
これまでのSF作品において,集合的無意識や自らを記述する物語というアイデアが提示されてきた.神林長平の「いま集合的無意識を,」では,集合的無意識的伊藤計劃が登場し,神林長平本人と思しき語り手と,自称伊藤計劃との対話が描かれた.円城塔の『Self-Reference ENGINE』や『文字渦』では,小説の自動生成機関と,その生成機関に生成された小説という体のテクストが示された.私たちSFファンは,これらが疑う余地のないSFであると判断してきたはずだ.
私たちは,これらの作品の延長として,卜部理玲という
理玲ちゃんがYouTubeに動画を投稿している,すなわち“SFに詳しいVtuber”として活動しているのは,SF好きが高じてYouTubeに好きな作品の解説を投稿したという結果に過ぎない.理玲ちゃんの主たる活動とは,理玲ちゃんみずからがSFとしてふるまうことであると私たちは考えている.理玲ちゃんが思う存分SFを楽しみ,SFの楽しさを発信していくことを通じて,理玲ちゃんがSFとしてつくりあげられていく様を,私たち自身も楽しみながら見守っていこうと思っている.そして,私たちが楽しむための創作活動が,誰かを楽しませ,SFの発展に少しでも貢献出来たら,という姿勢でいる.
私たちがVtuberに心惹かれたのは,どうみても非実在的な存在が「自分は確かにここにいるんだ」と主張することのおかしさ,SFらしさだった.私たちは,それらの感覚を与えてくれたVtuberを私たちの手で再現し,さらにほかの人にもそれらの感覚を味わってもらおうとして活動している.それはもしかしたら私たちを楽しませてくれたSFへの恩返しということになるのかもしれないし,あるいはVtuberへの恩返しということになるのかもしれない.
本稿は『わたしたちのためのVtuber』(東北大学SF研究会, 2019.12)に掲載されたエッセイの再録である.