未来のSFを担う人のために : SFへの参加のすすめ


令和元年十月十一日夕方,猛烈な台風の近づく中,私は仙台から京都に向かう超満員の新幹線の車中にいた.目的は,翌日から二日間に渡って京都で開催されるSFイベント,京都SFフェスティバルに参加することだった.側から見れば,私の行動は全く理解出来ないものだったことだろう.しかし,私には,なんとしても京都まで辿り着かなければならない理由があった.

伴名練に,私は呼ばれていたのだ.

しかしながら,私が京フェスに強行軍したのは,伴名練に会うことだけが目的ではなかった.以前からSNSやブログを通じて交流のあった,京大SF研の鯨井久志・空舟千帆や京大推理研の鷲羽巧をはじめ,同世代のSF読者たちに会うのも大きな楽しみであった.

ここでは,SFと他人との交流というものを考えてみたい.私の経験が題材となるので偏りがあるかもしれないが,昨今の混乱の中にあるであろう学生を中心とした若いSFファンに,この文章を活かしていただければ幸いだ.断絶と再生を越え,新たな土壌から生まれるSFを担う,未だ見ぬ才能のために.

まず,先に挙げた同世代のSFファンの活動について紹介したい.

鯨井・空舟両氏は同人誌『カモガワGブックス』を刊行している.Vol.1では非英語圏文学特集を,続くVol.2では英米文学特集を行い,叢書全レビューを中心に作家論や未訳短篇の翻訳を掲載.そして先日刊行され話題を集めたVol.3は国書刊行会のアンソロジーシリーズ《未来の文学》完結記念特集号.恒例となった叢書全レビューに加え,豪華執筆陣によるエッセイ,未刊行作品のレビューにスラデック&ディッシュの未訳合作の翻訳,トリビュート創作(鷲羽氏もジーン・ウルフトリビュートを寄稿)を掲載するなど,非常に読み応えのある内容となっている.

また,空舟氏は週末翻訳クラブ・バベルうおによる翻訳同人誌『BABELZINE』にも参加している.『BABELZINE』には英語圏のSF・幻想文学・変な小説を中心に,現代海外文学の翻訳が多く掲載されており,先日刊行のVol.2ではフランス・ポーランドの小説まで守備範囲を広げた.バベルうおのメンバーは二十代が中心であり,最新の海外文学を新鮮な感覚で精力的に紹介する『BABELZINE』には今後も期待が高まる.

さらに,彼ら三人(と私)は,先号まで三回にわたってSFMに掲載されたハヤカワ文庫JA総解説の評者も務め,同人活動のみならず,商業媒体でも少しずつ活躍の場を広げつつある.つまり,先述の京フェスは,数年後に頭角を表すことになる若手SFファンが一堂に会する場となっていたということになる.

冒頭の伴名練との出合いについては非常に特殊な場合だったが,このようなファンの集まり──これをファンダムという──からSFの表舞台へと進出していくことは決して珍しいものではない.以下では実際の例を挙げつつ,日本SFとファンダムの関係を軽く紹介したい.

まず,最初期の作家である星新一・小松左京は日本初のSF同人誌〈宇宙塵〉(一九五七〜二〇一三),筒井康隆は家族で制作した〈NULL〉(一九六〇〜一九六四)に作品を発表し(筒井はのちに〈宇宙塵〉にも参加),そこから江戸川乱歩編集の推理小説雑誌〈宝石〉や〈SFマガジン〉などの商業文芸誌へと活動の場を広げた.彼ら〝日本SF御三家〟を筆頭に,〈宇宙塵〉には光瀬龍・山野浩一・堀晃・梶尾真治・山田正紀など,挙げていけばきりがないほど大勢の作家が参加し,日本SFの発展に多大な影響を与えた.作家以外にも,翻訳家の浅倉久志・伊藤典夫やのちの〈SFマガジン〉編集長である森優(南山宏)も参加するなど,〈宇宙塵〉は日本SFを支える人材を総合的かつ大規模に供給した.

そして七〇年代の小松左京『日本沈没』(一九七三)や映画『スター・ウォーズ』(一九七七〜)の大ヒットなどを背景としたSFブームは,八〇年代におけるファンダムの精力的な活動に繋がった.特に,この頃は全国の大学SF研が相次いで創設された時期であり,劉慈欣『三体』翻訳陣のひとり大森望は京大SF研,イスラエルSF傑作選『シオンズ・フィクション』の中村融は中央大SF研の出身というように,熱心な学生SFファンが同人活動を経て商業翻訳に参入する例が多く見られる.一方で,大学SF研ではないファンダムに所属していた例もあり,グレッグ・イーガンの翻訳をほぼ一手に担う山岸真は翻訳家小川隆主宰の海外SF情報誌〈ぱらんてぃあ〉の出身である.また,堀晃主宰の同人誌〈SOLITON〉に参加していた上田早夕里など,ファンダム出身の作家が新たな作家を送り出す流れも見られる.

近年の作家でも,東北大SF研の円城塔,京大SF研の伴名練,慶應大SF研の草野原々などがいる.その黎明期からファンダムと密接に結びつき発展してきたのが日本SFであり,これこそが日本SFの最大の特徴であるとも言えるだろう.

しかしながら,このコロナ禍によって,SFとファンダムとの関係に陰りが差すようになってしまった.物理的な接触が阻害されることで同好の士が集まる環境が失われ,SFを共に楽しむ選択肢が失われてしまうことを私はもっとも懸念している──私自身が,仲間とSFを楽しむ場を先人たちに整えてもらい,その恩恵をいまなお様々な形で享受しているからである.

私は大学まで,ファンダムとは一切関係がなかった.筒井康隆・小松左京のファンである父の影響で幼い頃からSFに親しんでいたものの,小説は独りで読んで満足するという読み方しかしていなかった.これが一変したのは,高校時代に円城塔『Self-ReferenceENGINE』を読んだことがきっかけだった.確かに面白いのだが何度読んでも何が起こっているのか全く理解出来ず,ネットで必死に情報を漁るうちに,作者が東北大SF研なるサークルの出身ということを知った.ここに入れば本作を理解できるようになるかもしれない.そんな思いから,私は東北大を受験し,SF研の門を叩くことになった.

結局のところ,憧れの東北大SF研でも円城塔を誰一人よく理解していなかったのだが,他人とSFについて語り合うという経験は,私を夢中にさせた.SF研の先輩たちはなるほど歴戦のSFオタクであり,知らない人名書名が口々に飛び交い,辛うじて知っている名前に反応すればさらに山のような情報が押し寄せる.自分の知らない,でもものすごく楽しそうな世界の話をしているという空間をたまらなく気に入り,薦められるがままに様々な作品に耽り,ますますSFにはまっていった.

誰かと直接会うこと,同世代のSFファンと心置きなく語り合うこと,これらも確かに楽しかった.しかし,本質的に重要なのは,そのようなことができる場の存在にあると私は思う.実際に会って話ができる場があるというのは,その場にいた経験のある人間にしかわからない,異様な効果をもっている.

SFファンダムというのは,側から見れば異常な場である.各人の興味を背景に,突飛な話をし,いつもSFのことばかりを考えている.週明け月曜日の夕方から短篇小説を勧めあってそのまま一睡もせず翌朝一限の講義に直行したり,作家の展覧会目当てに仙台から始発の在来線に乗って集団で弾丸上京したり,短篇小説一作を理解するためだけに他学部の講義に潜り込んだり,作品内の謎理論を検証するために各人の専門知識を結集して徹夜で議論したり.私がいま手にしている円城塔作品の数理的解釈や読解の手法についても,数年にわたって複数人で仮説の提唱と検証・批判を繰り返して磨き上げたことで得られたものである.一切SFに飽くことなく,徹底的かつ理知的な執着によってのみ実現される成果によって,私はいまこの文章を書くに至る.

ファンダムに入るかどうかはともかく,そうした場が存在していて,参加を選び取ることができるかどうか.その選択肢が最初から失われてしまうことを惜しく思っている.なので,ここからは少し,ファンダムへの入り口を紹介してみようと思う.

近年最も見聞きするのは,DiscordやSlack,あるいはTwitterなど,ネット上で完結する場である.

まず目につくのは,Twitterでの感想のやりとりだろう.書名や作者名で検索をかければ,同じような嗜好をもつファンと気軽に出会うことができる.もちろん,作家や翻訳家など,SFのプロからの情報発信を直接受け取れるのも大きな魅力だ.

また,従来型の読書会がウェブ会議サービスに移行したり,SFファンが集うDiscordサーバーが開設されたりと,ネットの開放性と一定の閉所性を両立した形で安定的な場を作ろうとする潮流も見られる.どうしても瞬間最大風速的になりがちなSNSと比べ,こちらは中長期的に議論を深める場へと発展していく可能性もある.

あるいは,既に私の知り得ないところで,密かに交流の場が出来はじめているのかもしれない.かつてのサイバーパンクが,パソコン通信というアンダーグラウンドを交流の舞台としていたように.

ただ実際には,サイバーパンクの担い手も多くの場合は,各地の地方SFイベントなどで直接の交流を重ねていたという.革新的なヴィジョンを提供したSF作家たちも,他人との直接的交流を通じてそのアイデアの源泉を得ていたのかもしれない.

そのSFイベントも,本来であれば会場に実際に集まって行われるのだが,現在ほとんどがネット上の様々なサービスを用いた遠隔開催という形式で行われている.代表的なものとしては,年一回行われる国内最大級のSFイベント,日本SF大会が挙げられるだろう.このほかにも,GWに東京で開催されるSFセミナー,秋に京都で開催される京フェス,春に川崎で行われるはるこんをはじめ,全国各地で特色ある様々なイベントが行われている.

このなかから特に,若者がはじめて参加するのであれば,京フェスをおすすめしたい.主催者が京大SF研であり,京大SF研の現役学生が運営役として参加する都合上,若い学生世代の参加が保証されているので,会場で同世代と巡り会えることだろう.加えて若者専用の部屋も例年用意されており,同世代同士で思うまま交流を楽しむことができる.私が若者部屋に参加した際は,集団で参加した京大SF研・東大SF研(当時)・東北大SF研に加え,翌日のバイトが台風で無くなったので合宿に単身飛び入り参加したという猛者もおり,お互いの自己紹介をきっかけに翌朝まで若者同士の歓談が続いた.

いずれにしても,現在は遠隔開催が主であり,交通費や移動の手間なしにファン同士の交流を試せる絶好の機会となっている.気になっていた方には,ぜひこの機に参加してみることをおすすめしたい.見ず知らずながら同じSFを愛好するもの同士で感想などを共有する行為は,おそらく,想像以上の楽しい経験になることと思う.

コロナの影響を受けてその形態が最も大きく変化したファンダムは,おそらく大学SF研だろう.

SFと聞くと,どうしても近寄り難い印象を受ける.私自身,大学入学以前からSF研に入ると決めていたにもかかわらず,いざ実際に訪ねる段になって(バラックのようなヤバい外見をした部室に)怖気づき一週間ほど入部を躊躇ってしまった過去がある.現在,直接各大学SF研を訪ねることは困難だが,この情勢下でリモート化が進んだために,従来の地理的・物理的制約を超えた活動が可能になっている.

特に,先に挙げた京大SF研は活動を完全にリモート化し,他大学の学生の加入を積極的に歓迎しているという.いくつかのSF研を遠隔体験してみて,一番肌の合うところに落ち着く,というのもこれからのSF研のひとつのあり方になるだろう.

こうして私が熱心にファンダムへの参入をすすめているのは,私自身,ファンダムでの活動を心底楽しんで行えた実感があるからだ.

私はファンとして中国SFの翻訳や作品研究に取り組み,それがやがて書評や中国SFブックガイド,総解説に繋がり,そしてこの文章に繋がっている.SFへの個人的な探究心・好奇心から生まれた活動が,SFの最前線に接続する.これがファンダムとの関係が深いSFの強みである.しかしながら,それだからこそ,ファン一人一人の振舞いがジャンルそのものを左右してしまうかもしれないという危うさを十二分に考えなければいけないだろう.SFの未来を生かすも殺すも,それはSFを楽しむ私たち自身にある.

少々重い書きぶりになってしまったが,ファン活動をするにあたっては,深刻に考えすぎる必要はない.一番重要なのは,楽しくSFに取り組むことだと思う.私も書評をはじめ,翻訳やVtuber,研究と様々な活動をしてきたが,その根源にはSFが楽しくて楽しくてたまらないという気持ちがあった.

「あなたには,あなたの好きなことに取り組んでほしい」これは,京都で私が貰った,伴名練の言葉だ.時に悩みつつ,しかし誰よりも楽しそうにSFに取り組む伴名練の姿勢は,理想的なSFファン像として映る.

最後に.私にもし協力できることがあれば,ぜひ気軽に声をかけてほしい.未だ見ぬ新しいSFに出会える日を,心から楽しみに待っている.


本稿は《SFマガジン》2022年2月号(2021.12)に掲載されたエッセイの再録である.

また,本稿は木海氏によって中訳され,中国のSF同人誌《零重力報》22号に「写给那些未来挑大梁的年轻科幻迷:参加科幻活动的建议」として掲載された.


随想一覧に戻る

トップに戻る