学部入学以降付けている読書録からの抜粋その6.すべてノートに万年筆で一発書きなので文章はところどころで破綻しているが,それも当時の味ということで.コメントは現在のもの.
今年のノーベル文学賞をイシグロが受賞したということで.SF作家ではないが,SF的な設定をもとに作られた物語.初めて読んだ時はSF的設定の荒さによって軽視していたが,読み直してみたら,むしろこれが仕掛けのように思えてきた.無意味な生を,なぜここまで楽しく過ごせるのか,なぜ,既に死んだ友人たちの思い出を,楽しく語れるのか,我々普通の人には空虚に感じられる人生から,なぜ逃げ出さないのか.やはりクローンたちは,何か普通の人たちと違うところがあるのではないか.そんなことはないのかもしれないが,それでも疑ってしまう.心情を細かく描き,そして否定する.現時点では語りきれないのだと思う.読み返すうちに,また気づかなかったことに気づき,受け入れることが出来るようになるだろう.
作品読解という取組みを意識的に行なっていくきっかけになったと思う作品.これもまた,この時期に発達心理学の講義を受けていて,作中の描写がやってはいけない悪い教育の特徴と一致していたことから違和感を覚えていた.
ひとつの作品をじっくり浸る時間を作り,そしてその成果を身内で共有する時間を持てたのは,SF研という組織にいたことの一番のメリットだったのではないかと思う.
読書会で使ったレジュメを改稿したのが下の記事だが,それでも若書きすぎて自分では見返したくない.
SF的手法を用いて描き出される「生」 : 『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ/土屋政雄,ハヤカワepi文庫)
ヒューゴー賞・ネビュラ賞の二冠となった表題作「霧に橋を架ける」を含む,ヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞受賞作4作を収録した短編集.一番面白かったのは表題作.出だしはファンタジー要素が多いが,橋の建設はとことん理詰め.他には「水の名前」「噛みつき猫」「陳亭,死者の国」「26モンキーズ,そして時の裂け目」も面白かった.全体的にファンタジー要素が強い.
この頃から同時代の海外短編も意識して読むようになっている.この短編集の記憶はだいぶ薄れているが,「霧に橋を架ける」と「水の名前」は面白かったことを今でも記憶している.
「霧に橋を架ける」は記述の通りファンタジー風味の建設もの.チャンの「バビロンの塔」といい,ファンタジックだが理知的な建設ものに弱い傾向が窺える.「水の名前」は結構馬鹿な話だった記憶.
タイが舞台の環境SFで,ヒューゴー賞・ネビュラ賞の二冠を獲得した作品.この世界に関する描写が少なく,作品世界の状況や登場人物を把握するのにうだいぶ苦労したが,慣れれば段々と面白くなってくる.途中まで話の進展があまりないので,作者が意図している面もあるのかもしれない.遺伝子組換えされていない生物は全て病害で絶滅してしまったようで,カロリー企業や巨大アグリビジネス企業に農業が牛耳られてしまった世界.今現在も遺伝子組換作物から次世代の種子を取れず,アグリビジネスに首根っこを抑えられている状況は問題視されている.今ある現在から少し進んだ先に,本作の未来が実現しそうなのが面白さであり怖さである.上巻の終盤にようやく物語の進展が見られてきた.ここまでずっと物語の進展がなかったのも,作品世界を理解出来るまで控えてきた結果か.ンガウの謎は全く明らかになっていないので,この解明が非常に楽しみ.
バチガルピはこれ以前にアンソロジーで「小さな供物」を読んでいたはず.環境SFにも当時結構関心があり,かなり期待して読んでいたことが記述からも窺われる.
全体を通して読むと,政治小説の趣強いSFといった感じ.まあタイで政治ものをやるなら,クーデターからの国王の仲裁で両成敗という流れはお約束なので,クーデターが起こることは予見出来た.ねじまき少女が爆心地になるとは思わなかったが.物語自体は物足りなく感じるが,カロリー企業に牛耳られた,生臭いタイの街角は実際にそこにあるかのようだった.海外で人気があるのは,この異国描写に心惹かれた結果ではないか.自分が読み飛ばした可能性もあるが,結局いかにも重要そうに登場していたイヌホオズキとンガウの謎の解明が為されていないように思う.ンガウはタイ語でランブータンというライチによく似た果物を指す言葉.個人的には,ゼンマイ工場で発生した新しい疫病のパンデミックがあるのかな,と期待したが,その後全く関わらなかったのも残念.
いや,ほんとにこれにはガッカリした.情景描写は良かったのに,話の本筋がただのアクションとクーデターになってしまっていて,せっかくの環境汚染とか遺伝子組換えとかの要素が全てぶん投げられて未回収になってしまっていた.ヒューゴー・ネビュラといえど全てが全て真に優れているわけでもないのだなと思った覚えがある.
ンガウはマジでなんだったんだ.誰か教えてください.
SFとなっているが,内容は大分幻想奇想寄り.ぶっ飛んではいるが,地に足はついている.34編収録で,各編10ページ程度なので読みやすかった.「僕らが天王星に着く頃」「ふり」「母さんの小さな友だち」「ピンクの煙」「指」が特に面白かった.
これも同時代の短編を読もうと思ってのもの.本の気配からして幻想寄りっぽかったので,方向性は期待通りのものであったと思う.今でも覚えていて面白かったという記憶があるのは「僕らが天王星に着く頃」と「指」.特に後者は色々ひどくて面白かった.
ハヤカワは刊行数自体が多いので全てを読めているわけではないが,創元の方は多分この時期からほぼ全て読んでいるはず.ヴクサヴィッチを読むきっかけは,確か部室で見つけた京大SF研の同人誌にヴクサヴィッチがまとめて訳載されていたことだと記憶している.
本稿ははてなブログ版SF游歩道から保存した.保存にあたって,表記の統一のため,一部修正を行なった.